千葉地方裁判所 昭和41年(ワ)126号 判決 1969年5月09日
原告
斉藤ふく
被告
小林三郎
主文
被告は原告に対し金八二万四、九四五円およびこれに対する昭和三八年五月一二日より完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払うべし。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分しその一を被告その余を原告の各負担とする。
本判決は原告が金二〇万円の担保を供託するときは第一項に限り仮に執行することができる。
事実
一、請求の趣旨
原告は「被告は原告に対し金二二一万四、三七四円およびこれに対する昭和三八年五月一二日より完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は被告の負担とする」との判決並に仮執行の宣言を求める旨申立て、被告は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。
二、事実の主張
原告
(一) 原告は昭和三八年五月一二日午後二時頃船橋市本町三丁目一、二五〇番地先道路を歩行中国鉄船橋駅前通りより同市宮本町方面に向う被告運転の同人所有の普通自動車に右腰部附近を衝突されその場に顛倒し右足背挫傷左第一趾捻挫頸椎捻挫などの傷害を負うた。
(二) 現場は道幅約三・三米で両側とも歩行者で混雑していたから被告は自動車を運転して同所を通過するものとして警笛をならして歩行者に警告をあたえるは勿論歩行者の動静に注意しつつ進行し接触事故などの発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り歩行者の間を漫然進行した過失により原告の後方約〇・三米に迫つて急制動を施したが及ばず前記衝突にいたつたものである。
(三) 右事故によつて原告の受けた損害は以下のとおりである。
1 現実の損害
イ 診療のため医師に支払つた治療費等および医療上必要な器具など購入費 合計金四、一八一円
ロ 身体不自由となつたため家事手伝人を雇傭した費用金四万五、〇〇〇円
ハ 治療のための通院に要した交通費 金一万二、〇〇〇円
ニ 諸雑費 金三、〇〇〇円
2 逸失利益
イ 原告は昭和二八年三月より船橋市所在金音不動産商会なる不動産業者に専従者としてつとめ事故当時の月収は金六万円であつたが、本件事故による負傷のため失職した。原告の負傷による能力低下は五〇パーセントであるが、原告は明治四三年九月生れで今後なお五年間は就労可能のところ、右によると労働力低下のため喪失する収入額は一ケ月金三万円であり五ヶ年間には計金一八〇万円になりこれをホフマン式計算によつてその間の年五分の割合による利息を差引き現在額を求めると金一四四万円となる。
ロ 原告の右月収金六万円が裁判所によつて認められない場合以下の主張をする。すなわち労働省労働統計調査部昭和四一年賃金構造基本統計調査表によると企業規模一〇人ないし二九人の不動産業における小学卒の五〇才から五九才の女子の労働者で一〇年勤続の平均月間給与額は金二万二、九〇〇円であるところ前記金音不動産商会は五人ないし八人位の企業規模であり原告は昭和二八年三月から勤務し当時五二才で将来の就労可能年数は一一年であるから右によりホフマン式計算法によつて中間利息を控除し現在額を求めると金一九五万〇、一九三円となる。
3 慰藉料
原告は上記のごとく稼働し病弱の子二人と孫の四人の家計を支えてきたが本件事故による負傷のため失職し、そのため子等の療養も思うにまかせず昭和三九年に娘が死亡し、原告は現在足腰しびれなどの後遺症のため通院加療中であり生活保護によつて孫一人を養育しながら身体を養つている次第であり、右の原告の精神的肉体的苦痛に対する慰藉料として金二〇万円を相当とし請求する。
被告
(一) 原告主張(一)の事実中原告が昭和三八年五月一二日午後二時頃船橋市本町三丁目一、二五〇番地先道路を歩行中国鉄船橋駅前通りより同市宮本町方面に向う被告運転の同人所有の普通自動車と右腰部附近を接触顛倒し傷害を負うたことは認めるがその傷害の部位程度の点は否認する(右否認する点について被告は先立つ口頭弁論期日において一度これを認めたので、右のごとく改めて否認することについて原告は異議をのべた)。
(二) 同(三)の事実中現場は道幅三・三米であることおよび運転手の注意義務の内容はみとめるがその余は否認する(右否認する点について被告は先立つ口頭弁論期日において原告の主張に対し被告の過失を認めるとのべたのでこれを改めて右のとおり否認することについて原告は異議をのべた)。
(三) 同(三)の事実1の点は不知2および3は否認、右2のロの主張は時機におくれて申立てられたもので訴訟を遅延させることが明らかであるから却下さるべきである。
(四) 現場は前記のごとくせまい道路で歩車道の区別はないが自動車も通るところである。人の往来が多いため被告は現場手前で一旦停止し自車の進路内に歩行者のないことを確かめた上で時速五粁で発進したが、原告は知人二、三人と同一方向にむかい横に並び歩行中そのうち最も道路中央側にあつたところ被告の車体前部が原告と平行したとき原告は反対側からきた人とすれちがう際に押されて道路中央側にはみ出したために被告車の左前部と接触したもので、原告が右側に出るときあらかじめその方に注意すれば被告車の接近に気づき災害にはいたらなかつたものであり、被告としては不可抗力の事故であり過失はなく、仮にあつたとしても上記原告の過失は損害額の算定上斟酌さるべきものである。
三、立証〔略〕
理由
一、事故の発生と被告の責任
原告が昭和三八年五月一二日午後二時頃船橋市本町三丁目一、二五〇番地先道路上を歩行中国鉄船橋駅前より同市宮本町方面に向う被告運転の普通自動車と在腰部附近を接触顛倒し傷害をうけたことは当事者間に争いがなく、右自動車は被告が所有し当時自己のため運行中であつたことは争いのないものとみとめられるところ、本件全証拠によつても自動車損害賠償保障法第三条ただし書の事実の証明があるものとは認められないから、被告は本件事故の結果によつて原告のうけた損害について後記過失相殺による斟酌をうける以外はその賠償の責任があるものである(被告ははじめ自分に過失のあることは認めるとのべた後に改めて自己の無過失の事実を主張したので原告は異議をのべているが、被告のはじめの陳述は原告の主張する具体的事実を認めたわけではないので被告のその後の右記の主張を許さないわけではないけれども、該被告の主張は証拠上認められないという趣旨である)。
二、被告の損害(慰藉料を除く)
(一) 現実の損害
原告は事故により足背挫傷、左第一趾捻挫、頸椎捻挫の傷害をうけたと主張したのに対し被告は一たびこれを認め後に否認と改めたためこの点について原告は異議をのべたが、〔証拠略〕によると被告の負傷は右足背挫創、左足関節捻挫、左膝関節捻挫、頸部背部捻挫であることが認められるので、被告の前記自白は事実に反し錯誤に出たものと認められ原告の異議は理由がない。そして〔証拠略〕によると、原告は上記認定の傷害をうけた後治療をつくしたにもかかわらずなお第四頸椎圧迫骨折後遺症右変形性膝関節症をのこし、頭痛腰部しびれがあつて完治は困難であり、原告は事故以来治療のため船橋市所在一三枚病院、千葉市所在千葉大学医学部附属病院、習志野市所在国立習志野病院などに通院し、あるいは腰や首、膝の安定保持のためにコルセツトやサポーターを購入常用したことが認められるが、右に要した費用はつぎのごとく認定される。
1 治療費など千葉大附属病院分 金一、三九一円 国立習志 野病院分 金二四〇円およびサポーター購入費 金二、五五〇円 合計金 四、一八一円。
2 家事手伝人謝礼 原告は事故後身体不如意のため昭和三八年五月一二日より同年八月三〇日までの間訴外川合梅子に依頼して家事を手伝わせたが右の報酬として支払つた金四万五、〇〇〇円。
3 通院のために要したハイヤー代、バス賃、電車賃などの交通費合計金一万二、〇〇〇円。
以上のごとくであり、原告主張のうち前記をこえるものについては証拠上明らかでないので採用しがたい。
(二) 逸失利益
原告は事故当時船橋市内所在金音不動産商会に勤務し収入を得ていたと主張するところ〔証拠略〕によると右のとおりであることが認められるので、原告は逸失利益算定の基礎としての収入の点はあくまでも現実に取得していた収入を立証すべきことは当然で前記原告主張(三)2ロの主張(この主張をすることについて被告より異議の申立のあつたことは前記のとおりであるが、原告の右主張についての新らたな証拠方法としては主張即日提出された成立に争いのない甲第六号証があるだけであるからかかる主張が格別訴訟を遅延させるものとは思われず被告の右異議は理由がない)は右の点の立証の資料としてのべるものと解すべきである。なお右のうち労働力低下の度合いや将来の稼働不能年数に関する部分はいずれも争いのある事実に関するものであるから、従前の主張に反してすることは直ちには許されないものである。しからば原告が前記職場において得ていた収入は何程かというのに、〔証拠略〕によると原告程の社会的立場にあるものの月収入は統計上は金二万二、九〇〇円であることがうかがわれ〔証拠略〕によると船橋市内における不動産業者の従業員で自動車運転技術を有する男子の月収入が金三万円であるということであり又〔証拠略〕によると右同じ場合で若干の経験者で固定給金二万五、〇〇〇円と交通費支給それに取引利益中より歩合支給程度であることが認められるが、〔証拠略〕によると、原告は昭和二八年頃から金音不動産商会につとめており仕事に熱心で業績が良好であつたことが認められるので、上記の諸事実を考えあわせると原告は女性であり年輩者ではあるがその月収入(固定給だけとは限らない)は金三万円程度であつたものと認められ、〔証拠略〕によると、原告は本件事故の結果その稼働力をその主張のとおり五割程度低下したことが認められ、又〔証拠略〕によると原告は事故当時満五三年であるから特別な事情のない限りなお五年間は充分就労可能であることは経験上明らかなところその間右の低下の状況は原告本人尋問の結果によると継続したものと認められ反証はないから、原告は右期間中に月額金一万五、〇〇〇円とし全額金九〇万円の得べかりし利益を失つたことになり、これをホフマン式計算法により法定利率年五分の割合による中間利息を控除し事故時の現在高を求めると金七二万円となることは計数上明らかなところである。
三、過失相殺
本件事故現場は道幅三・三米であることは争いがなく、〔証拠略〕を綜合すると、現場は自動車も通行する道路であるが歩車道の区別はなく当時路上には歩行者が多く混雑しており被告の車と同一方向に向う人達が左右両側ともにあつた状態で、被告は一旦停車して前方の安全を確かめた後ギヤをローにして発進し時速約五粁で出たが二、三米ほど進んだところで、道路左側にいた人達の中で道路中央よりにいた原告と車の前部が接近したとき原告が前方からきた人をさけるためにたまたま右側にはみ出して進路前に出たので被告は直ちに急制動を施しその場に停止したがおよばず車体左前部を原告に接触その場に顛倒させたものであることが認められるが、右によると被告は歩行者で雑踏するせまい道路を行く自動車運転者として歩行者中には車の接近に気付かず突然進路上に出てくるものもあるべきことを充分考慮し警笛を吹鳴するなどして自車の接近をしらせることは勿論前方を行く人達の動行に細心の注意を払いいやしくも衝突事故などをおこさないようにすべきであるからこれを怠つた過失のあることは免れないとしても、該道路は自動車も通ることであるから歩行者としては当然道路右側によつて進むべきであり、やむを得ず左側を行く場合でも万一道路中央部に近ずくような場合には後方に接近する自動車などのないことをあらかじめ確認してなすべきであり、本件の場合これを困難にする事情は認められないのであるから、このような注意をすることなく被告の車の前方に出た原告としても事故の一因をなす過失のあることを免れず、被告の過失との割合は上記の事情により被告を八とするに対し原告のそれを二とするのを相当とする。
四、慰藉料
原告は不動産業者に雇傭されて前記程度の収入を得ていたが本件事故によつて身体の自由を欠くようになつて失職して収入は減少し、又負傷の結果長きにわたる療養の日々を送つての今日なお後遺症もあつて回復の見とおしは暗いことが前記のごとくであり、なお原告本人尋問の結果によると右により原告は生活保護をうける身になつたことが認められるが、上記にみられる原告の心身の苦痛は同情すべきものであるが、事故の原因についての原告自身の前記の責任の点なども考慮し右に対する慰藉料としては金二〇万円とするのを相当とする。
五、結論
以上により原告の請求は前記二、(一)1 2 3および(二)の合計金七八万一、一八一円について過失相殺の斟酌としてその二割を減じた金六二万四、九四五円(円未満四捨五入)および慰藉料金二〇万円の総計金八二万四、九四五円とこれに対する事故当日よりの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で認容しその余を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文を適用しこれを二分しその各一を原告被告の各負担とし、原告勝訴部分の仮執行につき同法第一九六条第一項を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 藤本久)